ブログ選集


天気予報 2007年6月

当時は今ほど脳天気ではなく、結構ギリギリまで抱え込み、 なかなか次へ踏み出せないタイプでした。 そんな自分も含めて、同じく何かに苦しんでる人に向けた、ささやかなエールです。ただし、なにもする前から開き直っててもなにも進みません。どうしていいかわからず息苦しくなってる方の、気持ちの息抜きにでもなれば・・・。


あの頃以来… 2007年11月

よくスタッフにもする、お金ではない代償と報酬の話。見返りが少ないとボヤくなら、それを得れるほどの対価を捧げれなかった自分を責めるべき。そんな話を、北新地という思い出の街になぞらえて…。


リハビリ 2008年7月

これはね、併設している「パティスリー ケ モンテベロ」に埋め込んだステンドグラスと、その画を描いて下さった画家さんとのお話。 その意味であったりよく聞かれますので載せときます。なんでもそうですが、出会いがあって初めてドラマが生まれるんですね。


ちょっと一息… 2008年11月

忘れもしない、モンテベロの1周年。シェフを託した現アシッドラシーヌの橋本シェフとの壮絶な1年でした。あかん・・・今読んでも泣けてくる・・・。あ、僕の思う「フランス菓子」というのも、ちょこっと記しております。


声 2009年2月

このような記事を、流す事なく残していきたい…。そう思ったのが、このようなピックアップ集を作るきっかけになった記事でした。同業、異業種関わらず、雇うほうも雇われるほうも、これから志そうとしてる子も、飲食業を「お客さん」として応援してくださってる方も、それぞれの立場で何かを感じ考えてもらえたら幸いです。


小さな小さな物語 2009年2月

過去最高アクセス数を記録した記事。書こうか書くまいか、そんな資格すらないんだろうと悩み続けた末の登場でした。それは今も変わりません。ですが、未だに簡単に逃げ出す若者が多い現状に対して、五体満足のくせに「自分なんて・・・」って自己保身の逃げ道を抱えて生きてる人たちに対して、どうしても突きつけたい。自分で選択すら出来ない子たちがいっぱいいます。逃げ出すくらいなら、投げ出すくらいなら、いっそそういった子たちと代わってやってくれよ!挑みたくても挑めない人たちと代わってやってくれよ!・・・・そう思わずにはいられません。


カテゴリーとルールとインテリジェンス 2009年3月

「カテゴライズ」自体に、大した意味はないとは思うんですが、それらを知った上で新たな解釈をするのと、知ろうとも伝えようともせずに何となく勝手な解釈をしてるのとでは訳が違います。それは曖昧な店側にも、自分という物差ししか持たないお客さんにも、どちら側にも問題があると思いますが、もっと良い関係になって欲しくて書き綴った文章です。真意が伝われば嬉しいです。


利用価値。 2009年6月

何とかしてやろう、今を越えさせてあげよう、そう思って接してきたことが全て意味を成すわけではないのが現実です。ですから、お願いですから本気じゃないのに想いを語らないでください。お節介な人間は、その想いに何とか力になりたいと思ってしまう修正があります。巻き込むなら、とことん巻き込んで、あなたたちの未来を一緒に笑って見させてくださいね。


分岐点。 2009年6月

曖昧な業界、覚悟の無い職人、これを読んでどう感じるのでしょうか?前に迷わず進む為には、自分自身で退路を断っていかなきゃいけないと思うんですよね。全てはね、自己責任なんですよ。


いただきもの 2009年7月

ものではなく、心のいただきもの。もらう時期を経たなら、返すことも自覚しなくては。「影響」とは、受けるだけで終わりではなく、受けた後に自分でどう消化しどう表現するのかまでがワンセットだと思います。それもせずに簡単に「影響受けました」などとは、よう言いません。


星降り注ぐ夜の、小さな出来事 2009年10月

朝日新聞の記者さんの目に留まり、新聞に掲載されるきっかけになった思い出に残る記事です。今読んでも涙が出て来ます・・・。


「出る杭論」を軸にした、様々な思考に対する一考察 2009年11月

人にはいろいろ考えがあるとは思うんですが、「多数決の多い方」にいれば安心する日本人の思考は吐き気がする程嫌いです。どうせ少数派が覆ればまたそっちに行きはるんでしょうし。そしてそこが、それほど居心地の良い場所でもないと思うんですけどね・・・。


ちょっとしばらく留守にします。 2009年12月

小さな店ですが、人を雇った段階で「経営者」という責任から目を背けることは出来ません。 店は生き物ですから予期せぬことも起こるもの。良いものを作ること以外にも、利益を上げること、お客さんに来てもらうこと、そしてスタッフの生活を考えることや労働環境を改善していくこと。その中で生まれる理想と現実、いろんな葛藤に伴うもどかしさや歯痒さ。正確な答えは今もわかりませんが、「飲食業だから仕方が無い」という言葉は、出来れば吐きたくないものですよね。


「挑む」ことを忘れた人たちへ。 2010年1月

仮にも一度灯した自分自身の心の灯を平気で消してしまうことに、屈辱も罪悪感も感じない馬鹿どものことなどは正直どうでも良いんですけどね。でも、前になかなか進めないけど、それでも何とか自分と闘ってるって子に、こう思ってる先輩やシェフの方も周りにいるんだよってことも、気づいてもらえたらなって思います。「自分は被害者」、そんな風に思ってるうちは、前には進めませんからね。


名刺文化。 2010年9月

なぜ唐突にこんなこと書いたんでしょうね(笑) でも、まぁ、いつも思っていることですから。 最終的に、自分には「自分」という看板しかないわけですからね。


孤独 / 才能 2010年12月

店側とお客さんとの関係も永遠のテーマなのかも知れませんが、スタッフとシェフの関係も永遠のテーマなんでしょうね・・・。結構打ちのめされながら「孤独」を書いた後、ほんの一握り残った「心」で、それでもエールを綴ってるところがお節介な僕らしいと苦笑いするしかありませんね。


NEW 久々の「若者向け」の記事 2011年6月

「若者向け」と言いましても、残念ながら現実的に結構な年齢までカバーしてしまう苦言です。僕自身、本当ダメなやつで、コンプレックスと劣等感の塊でしたが、それと比例した危機感も持ち合わせていました。忘れてほしくないのは、環境や誰かのせいにする前に、まずは自分がどうなんか考えてみることです。誤魔化しや言い訳なんて、状況だけ有耶無耶にしてるだけで、何も騙せてませんよ。周りも、そして自分自身も。


君に届け 2012年1月

記録資料的なモンテベロの立ち上げ画像と共に、初代シェフへの感謝を綴った珍しくあったかい記事。人から受ける嫌な思いにうんざりする日々ですが、反面、人から受ける喜びは、やっぱり人からしか受けれないんですよね。あまり多くはないですが、こうしたスタッフとの出逢いも、お店はしたから得られる財産だと思います。


出会いあれば別れあり / 卒業証書 2012年2月

この2つは、いわゆる「あまり仕事ができなかった」子の話。最後まで大きな戦力になれたわけではありませんが、それでも辞めずに続けたから得れたものがあったと信じています。厨房は、出来る子と出来ない子がいて成り立つもの。今、自分が及ばないことがたくさんある子でも、自分を卑下することなく、なんとか頑張り続けて欲しいと祈るばかりです。


戸惑いの向こう側(前編) / 戸惑いの向こう側(後編) 2012年4月

初めて女川町の仮設住宅にお邪魔させていただいた時の話。実際に足を運んでみないと分からなかったことばかりでしたが、単純に「食」の持つ役割の大きさを再確認した日でもありました。この日感じた、「たった1人でも涙を流してもらえてなら、それだけで何かをする価値はあるんじゃないか」という思いは、その後、「NPO法人essence」を立ち上げる大きなきっかけになりました。


無題 2013年6月

人を育てるとき、僕はある一定のレベルに達したら放置します。それは、いつまでも僕の評価を気にされて顔色伺われても困るからです。完全なNo以外は、YesNoの反応を僕ではなくお客さんに問わせます。苦しくても不安でも怖くても、その審判に身を晒して行くのも一人立ちするには大事なことだと思うからです。その担った責任は心の負荷となりますが、いつしか心をたくましく鍛えてくれることでしょう。


リニューアルの簡単なご説明 2014年4月

10周年という節目を迎え、リニューアルという選択を選んだシュクレクール。その工事の様子と共に、そこに至る葛藤や経緯なども綴ってみました。